愛媛銀行の歴史

1915年に東豫無尽蓄積、1916年の今治無尽と1923年8月の松山無尽、1932年の南豫無尽金融といった無尽会社がそれぞれ創立し、その5社が1943年の8月に、合併して愛媛無尽株式会社になりました。1951年10月には、相互銀行法により、愛媛相互銀行となり、1989年2月に普通銀行に転換して、今の愛媛銀行になりました。更に2008年は、インターネット専用として、空海の札所にちなみ「四国八十八カ所支店」を開設しました。この四国八十八カ所支店は、定期預金の金利がきわめて高い銀行として、知る人ぞ知る存在になっています。

ちなみに無尽とは、頼母子ともいわれており、加入者に一定の口数の掛け金を集めさせ、一口ごとに入札や抽選を行い、全ての加入者が順繰りに配当を受ける仕組みです。無尽会社時代にできた相互扶助精神は、今の時代で生き続けており、愛媛の地場産業である海運造船業の支援を積極的に行っています。それだけでなく、2007年には、愛媛県内の地域活動を支援するひめぎんCSR倶楽部を創立し、子供の教育や見守りはもちろんのこと、森林保護の環境維持やスポーツ活動にも貢献しています。

スポーツ活動では、独立リーグの四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツに、練習用のグラウンドを提供しています。2008年11月1日から5年間、愛媛県県民文化会館の命名権を取得して「ひめぎんホール」と名付けました。ちなみに創立以来の相互精神は、他の四国の銀行との連携にも現れており、「4YOUNET」という形で、香川銀行と徳島銀行と高知銀行とのATM・CD利用手数料を無料にしています。他には、広島県にある広島銀行ともみじ銀行とも金融サービスの連携を行っています。